渇望の鬼、欺く狐
 社の中に戻り、旭の口内を布で拭き取ってから水を飲ませた。

 さて、雪が戻って来るまで何をしようかと考えていれば、旭はやはり室内を歩き回る。

 扉の場所へ行き、手で叩いて「開けろ」と、こちらへ催促するものの。



「外は今行ったところだろう? 雪が帰ってくるまで家の中で遊ぼう?」



 やはり熱を出してしまったらと、懸念を抱いてしまう。

 歌でも歌ってやって、気を引いてみようかと考えていれば、旭は覚束ない足取りで私の前まで足を進めてきた。



「どうした?」


「あー、あ、あー」


「うん?」



 何度も何度も私の胸元を叩いて。

 旭は何かを言いたげで。

 きっと「外に出たい」と、そういう事なのだろうけれど。



「あー、あいー、あいー」



 ふいに繰り返された言葉。

 思わず動きを止めてしまっても、旭はまたも繰り返す。



「あいー、あいー」



 きゃっきゃと笑いながら。

 それが喃語なのか、私の名を指しているのかはわからないけれど。

 それでも。

 私の名だったら嬉しい、なんて。

 そんな事を考えてしまった。
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