渇望の鬼、欺く狐
 そもそも、狐は赤子に対して対抗心を抱いていた。

 突然自分と鬼の前に現れて、何の気紛れか鬼は赤子を育てだして。

 自分と鬼だけで良かったのだ。

 この世界に存在する生物など、たった二人で十分だった。

 なのに。



「……何でお前なんかが、藍に可愛がられるんだよ」



 鬼は狐にも見て取れる程、赤子を可愛がってしまった。

 最近では、赤子に向けて「母さんはね」と、話しかけるようにすらなってしまって。

 たった二人だけの世界が。

 赤子によって、簡単に壊されてしまったのだ。

 こちらの心情など気に留める事もない赤子は、また室内を歩いては物をひっくり返していく。

 そんな赤子に、狐はやはり苛立ちを感じて。



 ……食っちまうか。



 いい加減、そんな思考をよぎらせたところで。



「……はぁ」



 それをすれば、きっと鬼は怒るだろう。

 それが原因で鬼を幻滅させてはいけない、と。

 嫌われてしまいたくない、と。

 その自制心が狐に歯止めをかけていた。


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