渇望の鬼、欺く狐
「も、何なんだよ……!」



 本来なら息の根を止めてしまいところを、赤子が傷付かないように額を人差し指で軽く押すだけに留まった理由は、やはり鬼の事があってだろう。

 だけど狐にとっての軽い力は、赤子にとってはそうではなかった。

 そのまま後ろに倒れた赤子は、後頭部を派手に打ち付けて。

 狐が「マズい」と思った瞬間には、赤子は盛大に泣き出してしまう。



「え、ちょ……、わ、悪かったって……! おい、泣き止めよ……」



 折角の謝罪は、その泣き声にかき消されるばかり。

 このままでは鬼が戻って来てしまう。

 この状況を見られれば、さすがに怒られてしまうかもしれない。

「少しの時間、見る事も出来ないのか」と、呆れられてしまうかもしれない。

 幻滅されてしまうかもしれない。

 ……嫌われてしまうかもしれない。



 ……それだけは避けないと。



 意を決した狐は、仰向けで泣き叫ぶ赤子の脇の下に自らの手を差し込んだ。

 そのまま赤子の体を持ち上げて、以前鬼に言われた言葉を思い出す。



『首も腰も据わってるんだから。落ちないように支えてやれば問題ない』



 普段の鬼の抱き方までもを思い出して赤子を抱いてみたけれど、何かが違うのか、赤子は泣き止んではくれずに。



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