渇望の鬼、欺く狐
***



「雪、すまないね。すぐ戻ってくるから」


「うん」



 山々を彩り始めた花。

 季節は三月後半を迎えようとしていた。

 狐が赤子に心情を乱してから、約一ヶ月程。

 あの日から今日までの間、狐は赤子と二人きりになる事はなかったものの。

 今日、社を訪れれば、また鬼に赤子を見ているようにと頼まれる事となった。

 あれからというもの、狐は無意識のうちに赤子を目で追いかける事が増えていた。

 まるで、赤子の一挙一動と、それに伴う心情を確かめるように。

 なのに赤子と目が合いそうになれば、すぐに視線を逸らして。

 そんな事を繰り返していた。



「ふあふあ、ふあふあ」



 狐の目の前に立った赤子が、狐へと両手を差し出して。

 放たれた言葉を考えた狐は、自分の中で導き出した答えを口にした。



「尻尾か?」



 途端笑顔を見せた赤子に正解を得た事を知り、狐は赤子の顔の前で四本の尻尾を揺らして見せる。

 先日と同じく、赤子はその手で尻尾を掴んで顔を押し付けて。

 その様子を目に映しながら、狐はどこか躊躇いを覚えていた。
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