渇望の鬼、欺く狐
 その糸は、狐の中から一つの思考を生み出してしまう。



 ……あぁ、そうか。
 
 こいつは、きっと。



 胸の中に突っかかっていた物。

 手を離す事に覚えていた躊躇い。

 それらを理解した時。

 狐は無性に泣きたくなった。

 ただ一つ言える事は、その涙の理由は悲しいからとか、決してそんな理由ではなくて。



「……っ、さひ」



 背中に回した腕に力を込めたくなるような。



「……旭」



 その名を口にする事で。

 存在を確かめたいと思いたくなるような。

 そんな感情からの涙だった。



「ゆーゆ、ゆーゆ」



 何度もその口から紡がれる、自分を指す言葉。

 今ではもう、狐の心情に赤子に対しての拒絶は認められずに。



「藍が……戻ってくるまで。一緒に鞠で遊ぶか?」



 これまでとは変化した感情が、狐の胸中には湧き上がっていた。

 
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