渇望の鬼、欺く狐
 上面を欠いた月が夜空に浮かぶ。

 この時間になれば多少暑さは和らぐけれど、やはり旭は汗をかいていた。

 深く眠っているのか、汗を拭き取ったぐらいで起きる事はない。



「本当、気持ち良さそうに寝るね」


「起きてたのかい?」


「うん。昼寝たからね。もう十分だよ。藍もそうでしょ?」



 妖力が強ければ強い程、睡眠の必要はなくなっていく。

 鬼である私は睡眠を取らなくとも生きていけるのだろうし、雪とて尻尾を四本も携えているのだから。

 しばらくは不眠で過ごす事も可能なのだろう。

 ふいに体を起こした雪が私の方へと近付けば、力いっぱいに抱き着かれた。

 背中を撫でながら「どうした?」と訊ねれば、雪は機嫌の良さそうな声をこちらへと向ける。



「最近は昼間は旭と遊んでて、藍に抱き着く時間なかったからー」


「お前はこうしてると、その話し方に戻るんだね」


「うん? だって藍にはいっぱい甘えたいよー?」



 何度も何度も頭を私へと擦り寄せる雪に、思わず笑ってしまった。



「旭の前だと、お前はしっかり年上の振る舞いをするのにね」


「だって旭はまだ小さいからー。甘えさせてやんなきゃいけないでしょ?」

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