渇望の鬼、欺く狐
「……甘えたにもなるだろうけど。旭はきっと、強い子にもなるだろうね」



 口にした言葉に、すぐ近くからは「うん?」と疑問の声が届く。

 視線を戻せば、雪の目は真っ直ぐにこちらへと向けられていて。

 それを確認してから答えを口に出した。



「旭は、これまで一度も熱を出した事がないだろう? 元々体が強いのかもしれないけど。きっと大きくなっても強い子のままだよ」



 冬の寒い間。

 外に出たがる旭を心配する気持ちは、実に無駄に終わる事となった。

 旭は一度も熱を出さずに冬を乗り切ったのだ。

 それは勿論、無駄に終わる方が良い気持ちだけれど。


 あの頃は、今よりも覚束ない足取りで歩いては、何でも口に入れていた事を思い出す。

 今ではすっかり、物を口に入れてしまう癖は落ち着いていた。

 いつかは指しゃぶりも止めて、私の出ない乳を強請る事もなくなるのだろう。

 そう考えると、ほんの少し淋しい。


 そんな事を考えていたから。



「……藍?」



 雪が不思議そうにこちらを見ている事には気付けなかった。


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