渇望の鬼、欺く狐
 雪の声に初めて気付くその表情。

 向けられた声と同じく、その表情はただただ不思議そうで。

 どうして雪がそんな声を出し、表情を浮かべているかは理解出来なくて。



「どうした?」



 訊ねれば、雪は「え?」と漏らした後、少しの間を置いてから言葉を零した。



「あ、いや……うん。……何も。ただちょっと……うん。……藍、本当に旭の母さんになったなぁって思っただけー」



 その言葉は胸の奥をじんわりと温める。

 自分だけの欲求で、旭の母になりたいと願った。

 旭に、自分を「母」という意味を持たせる言葉で呼ばせた。

 全てが自分勝手な感情からの行動だったけれど。



「そう……かい?」


「うん、そうだよー。俺はまだ、大きくなった旭とか想像つかないもん」



 自惚れていいのだろうか。

 他者に認められる事で。

 自分は旭の母として、やっていけているのだと。

 そんな風に思って構わないのだろうか。

 悩んだところで。



「……ありがとう」



 湧き出した嬉しさは、すでに溢れてしまっているのだから。

 どう仕様も無いけれど。
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