月夜の翡翠と貴方


今日も朝から井戸へ向かおうと、バケツを持った、そのときだった。


「店主ー。あの娘は?」


…青年の、声。

どうやら、店先にいるらしい。

昨日最初に聞いた、当初の明るい声色だった。

身体が、小さく震え始める。

昨日のエルガの言葉を思い出した。


…どうなるかは、お前次第だ、と。


昨日の夜さんざん考えたが、結局答えは、ひとつ。

私が抵抗することを諦めるのは、捕まってしまった時だけ。

買われてしまって、あとに引けないときだけなのだ。

私は、バケツをぐっと握りしめた。



…そんなの、逃げ切ってやるに決まっている。







いつも通り井戸の水を汲みながら、ファナはふといっぱいになったバケツをみやった。

そしてバケツのひとつを、地面にひっくり返した。

バチャ、と音を立て、周りが濡れる。


< 18 / 710 >

この作品をシェア

pagetop