月夜の翡翠と貴方
今日も朝から井戸へ向かおうと、バケツを持った、そのときだった。
「店主ー。あの娘は?」
…青年の、声。
どうやら、店先にいるらしい。
昨日最初に聞いた、当初の明るい声色だった。
身体が、小さく震え始める。
昨日のエルガの言葉を思い出した。
…どうなるかは、お前次第だ、と。
昨日の夜さんざん考えたが、結局答えは、ひとつ。
私が抵抗することを諦めるのは、捕まってしまった時だけ。
買われてしまって、あとに引けないときだけなのだ。
私は、バケツをぐっと握りしめた。
…そんなの、逃げ切ってやるに決まっている。
*
いつも通り井戸の水を汲みながら、ファナはふといっぱいになったバケツをみやった。
そしてバケツのひとつを、地面にひっくり返した。
バチャ、と音を立て、周りが濡れる。