月夜の翡翠と貴方


「俺が、お前をそう見たくないからだよ。別に理由なんかない」  

「………………」


私は一層目を伏せ、どうして、と一言呟く。


「…ラサバさんとスジュナちゃんは、あんな風にできるのかな」


カタン、と音がした。

ルトが少しずつ、こちらに近づいてくる。

...やめて。

来ないで。

「奴隷と主人なのに…親子、なんて」

数日前の私には、考えつかなかったことで。

スジュナを買ったラサバは、スジュナを奴隷としてではなく、娘として見ている。

娘として愛し、大切にしている。


何故?


ラサバだってルトだって、何故奴隷を奴隷として見ないのだろう。

ひとりの人間として、見ている。

何故。

そして、あの時の私だって。

苦しくて、ただ苦しくて、泣いているスジュナは見ていたくなくて、抱きしめた。

それは本心だし、ふたりが周りから認められることを、心から願っていたのも、事実。


...それでも、わからないのだ。

どうしてあのとき自分がそう思ったのか、泣いていたのか、わからない。


私は目線を下にしたまま、口を開いた。

「……知らない感情が、多すぎて…」

まるで。


「....私が、私じゃなくなってくみたいなの」


一歩、一歩とルトが近づいてくる。

その歩幅は小さくとも、確実にこちらへ向かってくる。



< 199 / 710 >

この作品をシェア

pagetop