月夜の翡翠と貴方
「俺が、お前をそう見たくないからだよ。別に理由なんかない」
「………………」
私は一層目を伏せ、どうして、と一言呟く。
「…ラサバさんとスジュナちゃんは、あんな風にできるのかな」
カタン、と音がした。
ルトが少しずつ、こちらに近づいてくる。
...やめて。
来ないで。
「奴隷と主人なのに…親子、なんて」
数日前の私には、考えつかなかったことで。
スジュナを買ったラサバは、スジュナを奴隷としてではなく、娘として見ている。
娘として愛し、大切にしている。
何故?
ラサバだってルトだって、何故奴隷を奴隷として見ないのだろう。
ひとりの人間として、見ている。
何故。
そして、あの時の私だって。
苦しくて、ただ苦しくて、泣いているスジュナは見ていたくなくて、抱きしめた。
それは本心だし、ふたりが周りから認められることを、心から願っていたのも、事実。
...それでも、わからないのだ。
どうしてあのとき自分がそう思ったのか、泣いていたのか、わからない。
私は目線を下にしたまま、口を開いた。
「……知らない感情が、多すぎて…」
まるで。
「....私が、私じゃなくなってくみたいなの」
一歩、一歩とルトが近づいてくる。
その歩幅は小さくとも、確実にこちらへ向かってくる。