月夜の翡翠と貴方
ファナは立ち上がり、フードを更に目深に被った。
空になったバケツにもう一度水を汲むため、井戸にバケツを沈める。
…近くで昨日と同じ、靴と地面が擦れる音がした。
*
「おじょーさん」
その声に思わず、手を離しそうになったが、ぐっととどめた。
…やはり、来たか。
目だけ動かして、青年を見る。
青年は、ただこちらをまっすぐ見ていた。
私も、無言で見つめ返した。
青年が一歩、こちらへ近づく。
私は一歩、後ろへ下がる。
「…そんなに、警戒しないでよ」
青年の、不服そうな声が聞こえた。
…警戒するなというほうが、無理な話である。
何も言わないでいると、彼は懇願するように言った。
「…一度だけだ。顔を見せてくれるだけでいいんだよ。本当は昨日諦めようかと思ったけどさ、やっぱり気になって…」
「申し訳ありませんが、無理です」
今度は、私が即答してやった。
強い、声色で。