月夜の翡翠と貴方


ファナは立ち上がり、フードを更に目深に被った。

空になったバケツにもう一度水を汲むため、井戸にバケツを沈める。

…近くで昨日と同じ、靴と地面が擦れる音がした。







「おじょーさん」



その声に思わず、手を離しそうになったが、ぐっととどめた。


…やはり、来たか。


目だけ動かして、青年を見る。

青年は、ただこちらをまっすぐ見ていた。

私も、無言で見つめ返した。


青年が一歩、こちらへ近づく。

私は一歩、後ろへ下がる。


「…そんなに、警戒しないでよ」


青年の、不服そうな声が聞こえた。

…警戒するなというほうが、無理な話である。

何も言わないでいると、彼は懇願するように言った。


「…一度だけだ。顔を見せてくれるだけでいいんだよ。本当は昨日諦めようかと思ったけどさ、やっぱり気になって…」

「申し訳ありませんが、無理です」


今度は、私が即答してやった。

強い、声色で。



< 20 / 710 >

この作品をシェア

pagetop