月夜の翡翠と貴方
誰とやり取りしているのだろう、と気になっても、訊いたりなどできない。
あの夜、ルトに自身の話をしてしまったのは、ひとえに衝動的に、感情的になってしまっただけなのだ。
ただ私が勝手に話し始めたというだけで、私と彼の関係は変わらない。
もちろん、自身のことについて詳しく話すことなど、あるはずがないのだ。
ルトが、きょろきょろと周りを見渡す。
その瞳が一点に定まると、そちらへ歩みを進めた。
人の波を掻き分け、必死にルトを追いかける。
一瞬でも目を離すと、はぐれてしまいそうだ。
「あの路地裏の奥にあるんだ」
ルトが指差すのは、店と店の間にある、人ひとり通れるくらいの隙間が空いた、通り道である。
通りの奥は暗く、なにがあるのかわからない。
この奥に、店があるというのか。
路地裏にある店なんて、怪しい店としか思えない。
実際に私は過去に、こういった路地の奥にある奴隷屋にいたことがあるのだ。
そんなことを考えていたら、ルトはどんどん先を行こうとしていた。
必死に追いかけるが、なかなか距離を縮められない。
「...あっ」
そうこうしていたら、路地裏に入る一歩手前で、人にぶつかってしまった。