月夜の翡翠と貴方
全く、なんて世話の焼ける主人だろうか。
「…………人の気も知らないで」
ぽつりと呟いた言葉は、しんとした空間に消えていく。
今夜の泥酔で、あのときのことも忘れてくれていたらいいのに。
ミラゼと会う直前の、あの出来事。
思い出すだけで恥ずかしくて、逃げ出したくなる。
ルトは、どう思っただろうか。
あのときは、驚いた顔をしていたけれど。
それとももう、気にしていないのかも知れない。
ルトのなかでは、とっくに忘れてよいことになっているかも知れない。
「………………」
そのほうがいいな、と思った。
いざ、あれはどういうことだったんだ、と訊かれても、なんの弁解もしようがない。
いたってそのままの意味だ。
最近時折頭の奥底で出てきては、振り払ってきた感情が、曖昧な言葉になって出てきてしまった。
ルトにはもう、これ以上近づいてはいけないのに。
「…………………」
近づいては、いけない。
知りすぎてはいけない。
そう。それなのに。
「…………依頼屋……」
か。
酒場での、ミラゼとの話を思い出す。
依頼屋のことを教えてくれた途端、ミラゼは「さて」といって席を立った。