月夜の翡翠と貴方
ナイフは、馬車のなかにある。
もう、これしかない。
生憎と、伊達に何年も人形のように奴隷をしてきたわけではない。
弱々しい令嬢を演じることなんて、容易いのだ。
ちら、とミラゼに視線を送る。
彼女は少し驚いた顔をした後、ふ、と笑った。
…………伝わった。
「……ジェ、ジェイドさん……」
リロザがおずおずと、木箱を差し出そうとしている。
その様子をみた男が、どんどん口元を上げていった。
……………今だ。
私は思い切り足を前に振り上げると、男の足めがけて力いっぱいに降り下ろした。
「!? いっ………………」
スネを蹴られた男が、顔を歪める。
そこでミラゼのナイフが、その脇腹に突き刺さった。
「ー…!!!」
痛みの連続に、男が声にならない叫びを漏らす。
その隙に、私は掴まれた手首を振り払った。