月夜の翡翠と貴方
駆ける、記憶、愛しきご主人様へ
はぁ、はぁ、と息切れがする。
どれくらい走ったかわからない。
でも、止まってはいけない。
店の奥には、また扉があった。
その扉を開けた先は、まるで貴族邸のような、広く上品な空間が広がっていた。
その光景に戸惑いながらも足は止めずに、とりあえず目に入った大きな階段を駆け上がった。
すぐに、男が追って来た。
思いもよらない空間の作りに、私は感謝した。
貴族の屋敷といってもおかしくないであろう、部屋の数と広さ。
窓の装飾や、至る所に飾られた絵画や花瓶。
全てに高級感がある。
入り組んでいるために、上手く男から逃げられた。
まさか、小さな店内の奥に、こんな空間が広がっていたとは。
そういえば、ムクギが言っていた。
今や大富豪となったエルフォードと、先代から契約しているこの店は、それはそれは金が有り余っているらしい。
店を大きくする気もなく、ここには女店主ひとりしかいない。
当然だが、少し贅沢をしても、金は積まれるほど溜まる。
そこで女店主は、有り余る金の一部を使って、店の場所をここに移し、地下にこのような空間を作ったらしい。