月夜の翡翠と貴方
「ジェイドさんが何度呼んでも、お前起きないから。なぁ?」
男が笑って、こちらに視線を向ける。
私は小さく笑って「はい」と返事をした。
だいぶ、この酒場の人間との会話に慣れてきたな、と思う。
戸惑わずに返事ができる程度には。
「ハハ…駄目だな。俺やっぱ酒は苦手だ」
ルトがカップを置き、楽しそうに笑う。
その笑顔を見て、今までとは違うものを感じた。
ルトが変わったのではない。
私が変わったのだ。
ルトに対する、何かが。
しかし、その何かに名前をつけることは、私にはあまりに酷だった。
目を逸らし、逃げることになってもいい。
結局、苦しむのはこちらなのだ。
思いに蓋を閉じ、行動を制限する。
本来の、ルトに出会ったはじめの頃の私に戻る。
最近の私は、少し浮ついていた。
ルトの優しさに甘え、少なからず与えられる情に、勘違いしていたのだ。
それを…私が心の奥底で望むものだと。
多少自惚れていたのかもしれない。
だから、私はもう一度自分の立場をわきまえなくては。
帰りの馬車に揺られながら、そう心に決めたのだ。