月夜の翡翠と貴方


私はまた、全うするのだ。

奴隷としての、惨めな私を。





「じゃー、出発するかー」


んー、と青年は伸びをする。

私は控えめに、彼を見上げて訊いた。

「……出発…とは、どこへ向かうのですか?」

今までの主人は、私を連れてそのまま家へ向かっていた。

きらびやかな、馬車を走らせて。


彼が私の声に気付き、こちらを向いた。


「秘密ー」


うまく隠し事をした子供のように、得意げに青年は笑う。

…秘密。

それは、訊かないほうが良いということだろう。

私は、所詮買われた身。

主人に逆らうことは、してはならない。


「……そうですか」

私は前へ向き直ると、至って普通の声色で返事をした。

彼との会話が無くなると、途端に周りの騒がしさが耳につく。


今、私と青年は、村の中でも人通りの多いところを歩いていた。

雑踏に紛れると、まるで自分が隠された存在のようで、気分が良かった。

…しかし、本当に隠されたようにはいかないらしい。



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