月夜の翡翠と貴方
私はまた、全うするのだ。
奴隷としての、惨めな私を。
*
「じゃー、出発するかー」
んー、と青年は伸びをする。
私は控えめに、彼を見上げて訊いた。
「……出発…とは、どこへ向かうのですか?」
今までの主人は、私を連れてそのまま家へ向かっていた。
きらびやかな、馬車を走らせて。
彼が私の声に気付き、こちらを向いた。
「秘密ー」
うまく隠し事をした子供のように、得意げに青年は笑う。
…秘密。
それは、訊かないほうが良いということだろう。
私は、所詮買われた身。
主人に逆らうことは、してはならない。
「……そうですか」
私は前へ向き直ると、至って普通の声色で返事をした。
彼との会話が無くなると、途端に周りの騒がしさが耳につく。
今、私と青年は、村の中でも人通りの多いところを歩いていた。
雑踏に紛れると、まるで自分が隠された存在のようで、気分が良かった。
…しかし、本当に隠されたようにはいかないらしい。