月夜の翡翠と貴方


「今は治療が先。さ、早く。お母様に見つからないようにね」

「全く、お嬢様は…」

そう言いながら、ノワードは水やりをやめると、近くの邸への扉を開ける。

「ついてきて下さい」

セルシアの言葉に、私とルトはぎこちなく扉のほうへ足を踏み出すのだった。







ぽた、と落ちそうな冷や汗。


ああ、

くるしい。


通されたのは、上品な陶器や燭台など、きっと相当な価値のあろうものが棚に並べられた部屋だった。

決して『初めて』見るようなものではないことを、頭を駆け巡る様々なもので意識させられる。

上質な紺の絨毯が、感触という形で脳を支配している。


フラッシュバックが止まらない。


忘れたい記憶を、呼び起こされる。

良い思い出から嫌な思い出まで、

この空間の全てのものが視覚を刺激して、次々と思い出を甦らせる。

奥底の隅に追いやっていたものが、引きずり出される。


やめて、やめて。


この光景に慣れるまで、私はひとり、『彼』に悟られないよう、唇を噛んで耐えていた。







「...これは、酷い。結構な深さですぞ。何があったのですか」


ルトの腕の布をとったノワードは、目を細めて眉間にしわを寄せた。


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