月夜の翡翠と貴方
「今は治療が先。さ、早く。お母様に見つからないようにね」
「全く、お嬢様は…」
そう言いながら、ノワードは水やりをやめると、近くの邸への扉を開ける。
「ついてきて下さい」
セルシアの言葉に、私とルトはぎこちなく扉のほうへ足を踏み出すのだった。
*
ぽた、と落ちそうな冷や汗。
ああ、
くるしい。
通されたのは、上品な陶器や燭台など、きっと相当な価値のあろうものが棚に並べられた部屋だった。
決して『初めて』見るようなものではないことを、頭を駆け巡る様々なもので意識させられる。
上質な紺の絨毯が、感触という形で脳を支配している。
フラッシュバックが止まらない。
忘れたい記憶を、呼び起こされる。
良い思い出から嫌な思い出まで、
この空間の全てのものが視覚を刺激して、次々と思い出を甦らせる。
奥底の隅に追いやっていたものが、引きずり出される。
やめて、やめて。
この光景に慣れるまで、私はひとり、『彼』に悟られないよう、唇を噛んで耐えていた。
*
「...これは、酷い。結構な深さですぞ。何があったのですか」
ルトの腕の布をとったノワードは、目を細めて眉間にしわを寄せた。