月夜の翡翠と貴方
貴方が手放さない限り、私はここにいる。貴方についていく。
私は、貴方のものなのだから。
*
六年前、私は惨めな奴隷となった。
何故この私が、とは思わなかった。
あるのは、悲劇のような運命を辿る自分への、漠然とした哀れみと、
あとから押し寄せる後悔と、自分への怒りだけだった。
*
寝息をたてて眠るルトの寝顔を見ていると、宿の窓から馬車の音が聴こえた。
窓の外をみると、薄暗い夕方のディアフィーネの村に、豪勢な馬車が大通りを通っている。
村の人間は、貧困の村を通る貴族馬車に、驚いて目を見張っているようだった。
なんだ?
一体、どこへ向かっているのだろう。
何故、あんな貴族の使う馬車が。
…レグート?
…いや、彼じゃない。
レグートは、私の動向を見ていると言った。
恐らく彼は、何処かの貴族の雇われだ。
それこそ、ルトと『同業』の。
私に恨みをもった…正確には、私のいた『家』に恨みをもった人間の命令だろう。
「……………………」
私は、静かに服の裾を握りしめた。
…もう、終わったと思っていた。
あの名前を、もう二度と呼ばれるはずはないと。