月夜の翡翠と貴方
けれど、そんな甘さは油断にすぎなくて。
私は結局、あの家に縛られるしかないのだ。
『私』は静かに目を閉じる。
この碧色の髪を持つ限り、私は『マリア』で奴隷なのだ。
けれど、ルトははっきりと言った。
『こいつは俺のものだ』と。
碧色の髪から名付けられた『ジェイド』の名がある限り、私はルトのもの。
マリアじゃない。
それだけで、私の心は平静を保つことが出来た。
*
ノワードとの約束通り、翌朝宿を出てオリザーヌの邸へ向かった。
「……傷、どう」
通りを歩きながら声をかけると、ルトは小さくあくびをしながら「大丈夫」と言った。
もう、昨日のような気まずさはなかった。
そのことにほっとする一方で、気まずくなった原因であった、ルトの不自然な目の逸らしが気になる。
しかし、それを訊く勇気など私にはない。
通りを歩いていると、若い女と男とすれちがった。
「ねぇ、昨日の夕方の馬車見た?あれ、オリザーヌ家のご令嬢の婚約者が乗ってたらしいわよ」
オリザーヌの令嬢?
「…セルシア嬢のことか」
話が聞こえたのか、ルトが隣で私が思っていたことを呟く。