月夜の翡翠と貴方
「……たぶん………」
昨日の馬車、というと、宿の窓から見たあの馬車で間違いないだろう。
セルシアの婚約者。
あの馬車は、オリザーヌの邸へ向かっていたらしい。
恐らくは、貧困化が深刻になってきたディアフィーネの状態を回復するため、他の貴族とのつながりを持とう、という考えなのだろう。
そういえば、何故セルシアは昨日邸を抜け出していたのだろうか。
そんなことを思いながら、オリザーヌの邸へ向かった。
「特に問題はなさそうですな。よかったよかった」
真白な新しい包帯を、ノワードが白い髭を震わせて、ルトの腕に巻いていく。
「ありがとうございます」
ルトの顔色も良い。
あのときセルシアを押し切って、本当によかったなと思った。
そこで、この部屋の扉の向こうにある廊下から、バタバタと慌てた足音が聴こえた。
それと同時に、扉が勢いよく開け放たれた。
「ノワード様!セルシア様がいなくなってしまわれて…!」
召し使いらしき若い女が、息を切らしてノワードを見ている。