月夜の翡翠と貴方
「……そうですね。では、セルシア様」
セルシアに手を差し伸べ、立ち上がらせる。
そして、変わらない憂いの笑みを浮かべた。
「…婚約をどうするかは、貴女次第です。しかし無礼を承知で、ひとつ申し上げたいことがございます」
「……ええ」
セルシアも、真っ直ぐに私の瞳を見つめていた。
「……民のためを思うのなら、どうかこの婚約を、受けていただきたい、と私は思います」
告げると、セルシアは再び瞳に涙をにじませた。
「……うっ…ごめんなさいっ……私、私っ………」
…セルシアの気持ちも、わかる。
誰だって、愛のある結婚を望むのだ。
けれど、富を持った貴族は、それを簡単に手に入れることができない。
財を持った貴族は、自由を奪われてしまう。
財を持たない平民は、枷のない生活の代わりに、苦労のある人生を強いられる。
全て持ち合わせた人間など、いないに等しい。
「…申し訳ありません。ご無礼をお許しください」
頭を下げると、セルシアは泣きながらふるふると首を横に振った。
「……いいえっ…いいのよ、私、本当はわかってたのよ。逃げるなんて、無理なこと」
抗えない呪縛。
領地を持った貴族は、民の命を背負わなければならない。