月夜の翡翠と貴方


隣のルトが、泣きじゃくるセルシアの頭を、優しく撫でた。


「…そうだろうな。強がって頑張ってたみたいだけど、目はまだ不安そうだった。半端な覚悟でひとり旅なんて、するもんじゃない」


自由になるということは、ひとりで生きていくということだ。

貴族令嬢として育ってきた彼女が、突然見知らぬ土地へ放り投げられたら、どうなるかわかったものではない。

「……うぅ…私っ…ちゃんと知ってたわ。お父様が最近とても悩んでいらっしゃること…家が、村がどんどん衰退していっていること、わかってたの」

だからこそ、逃げたかった。

誰だって怖い。

それこそ貴族なんて、翌日にはもう無一文になるなんて、おかしな話ではない。

「私は…っお父様を支えなければならないのに…」

セルシアが最近邸から抜け出していたのは、せめてもの抵抗だったのだ。

ノワードが、結婚を嫌がるセルシアに困り果て、破談になれば、と。

けれど、うまくいかず、とうとう婚約者が村へ来てしまった。

どうしようもなくなって、彼女は村から去る、という選択をして、私たちにすがった。

けれど、それが到底無駄なことは、セルシアがいちばんよくわかっていたのだ。


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