月夜の翡翠と貴方
少しだけ、喉の奥が苦しい。
けれど、ルトがなにも言わず聞いていてくれるから、落ち着いて話せる。
主人に、身の上を話すのは初めてだ。
しかも、自分から。
「私の本名は、マリア・リズパナリ。この髪の色から、まるで聖女のようだから、らしいよ」
窓の外は、薄暗い。
ペンを動かす音だけが響く。
この静けさが、心地よい。
「ペルダインより少し西の、ビカーナの国で、ちょっとだけだったけど、領地を持ってた。あとは、その領地の近くで採れる鉱物を売ってた」
当時の記憶はほとんど薄れている。
けれど、家がどんなものだったのかは、きちんと覚えていた。
「でも、私が十歳になった頃から、急に家の状況が悪くなって…」
父親は、いつも焦ったような顔していた。
優しい人柄で私を可愛がってくれた母は、この頃からいつも何かに怯えたような表情をするようになった。
「家が大変なんだろうな、ってなんとなくはわかってた。けど、お前はなにも気にしなくていい、って言われてたから、普通に過ごしてた」