月夜の翡翠と貴方
執事の手の力が弱くなったのを感じて、その手を退かす。
剣はまだ、誰も斬っていない。
『……最後に、娘に言いたいことが?』
口元の笑みを絶やさないナタナの言葉に、父親は息を荒くして、苦しそうに眉を寄せた。
そして、唇を噛み締めて、目を伏せる。
その唇が開いたとき、出た言葉は。
『マリアを……差し上げます』
ナタナの、目の色が変わった。
母親が、目を見開く。
今、なんと?
お父様、今、なんと……?
『前から、褒めていただいていたでしょう。手に入れたいほど、美しい、と』
父親の顔には、もはや理性など残っていなかった。
狂ったように、口元に笑みすら浮かんでいる。
ナタナは少し驚いた顔をした後、心底可笑しいという風に、笑い出した。
『ははっ!ついには狂ったか、当主よ!この状況で娘を差し出してくるとは…さすが、あなただ』
そう楽しそうに笑うナタナよりも、私は父親を見ていた。