月夜の翡翠と貴方
「ふーん…んじゃ、なんか考えとくよ。それまでは、とりあえずファナって呼ぶことにする」
こくん、と私は頷いた。
彼がふっと笑って、前を向く。
そうして、私達は再び歩き始めた。
…変わった男、だけれど。
きっとそれだけでは、ない。
ルトへの警戒心は、最初よりずっと薄れてきていた。
…話しながら並んで歩くふたりの姿は、もう奴隷と主人のそれではなかった。
*
やがて到着したのは、村にひとつだけある、小さな浴場だった。
「え…………」
何故、浴場…?
「はいはい入ってー」
えっ。
困惑している間も無く、ルトがぐいぐいと背中を押してくる。
そのまま店の中へ入って、彼は店主の老婆に金を渡す。
老婆は「まいどあり」と小さく呟いた。
「ほら」
私の背中を、浴場へとん、と押す。
なにがなんだか、わからない。
とりあえず、入れということだろうが。
「……で、でも私、服が…っ」
当然私には、荷物などなにもない。
身につけているこの、薄汚れた灰色の麻の服だけである。