月夜の翡翠と貴方


「ふーん…んじゃ、なんか考えとくよ。それまでは、とりあえずファナって呼ぶことにする」


こくん、と私は頷いた。

彼がふっと笑って、前を向く。

そうして、私達は再び歩き始めた。


…変わった男、だけれど。

きっとそれだけでは、ない。

ルトへの警戒心は、最初よりずっと薄れてきていた。


…話しながら並んで歩くふたりの姿は、もう奴隷と主人のそれではなかった。







やがて到着したのは、村にひとつだけある、小さな浴場だった。


「え…………」


何故、浴場…?

「はいはい入ってー」

えっ。

困惑している間も無く、ルトがぐいぐいと背中を押してくる。

そのまま店の中へ入って、彼は店主の老婆に金を渡す。

老婆は「まいどあり」と小さく呟いた。


「ほら」

私の背中を、浴場へとん、と押す。

なにがなんだか、わからない。

とりあえず、入れということだろうが。


「……で、でも私、服が…っ」


当然私には、荷物などなにもない。

身につけているこの、薄汚れた灰色の麻の服だけである。



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