月夜の翡翠と貴方
「…俺と君の婚約の話が出たとき、訪れたんだ。そのとき君は、踊りの稽古をしていた」
…セルシアにとっては、幼いときに一度会っただけ、だった。
しかし、セルシアの知らない間に、 ロディーはその姿を見ていたのだ。
「君の稽古姿を、少し見させてもらった。とても美しかった。稽古が終わったあと、俺は自然と手を叩いていた」
セルシアは思い出したのか、はっと目を見開いて、口元を手で覆う。
ロディーは、目を細め、ふ、と微笑んだ。
「俺はそのとき、よくも知らない令嬢との婚約を突きつけられて、不機嫌だった。踊っているのが君だと知らずに、拍手を送っていた」
セルシアの瞳に、涙がじわじわと浮かんでいく。
「不機嫌な顔をした知らない男に拍手を送られて、嫌な気持ちになるかと思ったが、君はこちらに駆け寄って笑顔で礼を言ってくれた」
その光景を、目に浮かべる。
いつかの夫のために、稽古に励むセルシアと、不機嫌な顔のロディー。