月夜の翡翠と貴方
私は頭上を仰ぎながら、ぽつり、と呟いた。
「…私もね、嬉しいよ」
すぐに「何が?」という声が返ってくる。
「…ルトがね、こうやって隣にいるの。全部、全部が、私にとってはじめてだったから」
ルトに会ってから、もう全部と言っていいほどのことが。
…全てが、新鮮で。
「ルトに会うまで、貴族の邸と、奴隷屋しか知らなかった。見たことない景色と、知らない人と、沢山会えた」
案の定驚いた顔をしている主人に、伝える。
お礼だよ、と。
「…全部、ルトのお陰。スジュナちゃんやラサバさん…ミラゼさんに、リロザさん、酒場の人達も。セルシア様とロディー様も…ルトが連れて行ってくれたから、私は知り合うことができたの」
長らく、平民の人々と接することがなくて。
貴族の人々とも、話すことを怖がっていて。
そんな私を、その場へ導いてくれたのは、彼。
私の手を引く、ルトがいたから。
「…だから、ありがとう」
微笑むと、ルトは優しく笑い返してくれた。
「…寝ようか」
…本当はお礼なんて、するべきじゃないのかもしれない。