月夜の翡翠と貴方


それなのに…ちっとも、私は耐えることができない。


ルトに捨てられることは、覚悟していた。

わかっていた。

きちんと奴隷になろうと、割り切っていた、はずだ。

だというのに、だというのに。

予想以上に甘さに慣れた自分に、唇を噛む。


知らない名前が、違和感を生んで。

見たことのないルトの笑顔が、私に抗う気力すらなくさせて。

私の髪を見たマテンのあの歓喜で、わかってしまった。

…ルトが、美しい女を求めていた理由が。


「………は…ぁ…」

ドサ、と身体を倒す。

涙が流れてくるのが、たまらなく悔しい。

私の覚悟の甘さが、たまらなく醜い。


「…………っ…」


マテンは、ルトの依頼主。

シズ、というのは、恐らく偽名。

様々な闇の世界を生きる依頼屋だ。

偽名くらい、当たり前なのかもしれない。

もしかしたら、私が知っているルト・サナウェルの名も、本名ではないのかもしれない。


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