月夜の翡翠と貴方


私を呼ぶ、愛しい声が残っているのに。


侵されていく。

私はただただ無表情に、マテンを見つめた。

……違う。

……違う、違う。

違和感がするの。

癖のある髪、深緑の瞳、少年のような笑いかた。

この人、持っていないじゃない。


『ジェイド』と呼ぶ声が、違うじゃない。



マテンが私を後ろに向かせ、背中をじっと見る。

そこで、彼が「…おや」と何かに気づいた。


「…何故、この部分だけ切られているんだ?」


…きっとリロザの依頼でユティマの店に行ったとき、男に短剣で切られた髪だ。


「…切られたのです。怪しい輩に」

嘘はついていない。

マテンは「そうか」とさして気にする様子もなかった。


…この切られた髪を見ると思い出すのは、あの宿での優しい夜。

眠気に負けて、ルトを愛しいと思った。


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