月夜の翡翠と貴方


幼い私には、その意味がわからなかった。

けれど、今は。


「…違う…………!」


ルトは私の事など、すぐに忘れてしまうのだろうか。

そんなの、納得いかない。

私のなかには。


私のなかには、こんなにも『ルト』が残っているというのに。


私は、近くの壺や花瓶を次々に割っていく。


「なっ……なにをしている!」


マテンは目を見開いて、私を止めようと掴みかかった。

しかし私はそれを容易く避けると、目の端に映る、ろうそくの存在に気づいた。

ランプとランプの間に置いてある、ひとつだけのろうそく。


ー…『困ったときは、ろうそくの横を見て下さい』


私は反射的に、そこへ手を伸ばした。

そして、掴んだもの。


それは…ミラゼから貰った、あのナイフだった。


地下に置いて来た、私の手荷物に入っているはずのナイフ。

何故、と考える前に、私は鞘からナイフを取り出した。


そして、マテンに切っ先を向ける。

「!」

そして、強く彼を睨む。

マテンは、私の突然の行動に、だいぶ平静ではいられなくなっているようだった。



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