月夜の翡翠と貴方


「逃げないよ」


あてもないのに、どこへ逃げるというのか。

さらさらと夜風が吹くなかで、ルトは拗ねたように唇を尖らせた。


「……だって、俺に買われる前は、あんなに逃げてたし。よっぽど買われるのが嫌なんだろうなって、思ってた」


……それは、そうだ。

エルガの店にいられたら、それなりに幸せだったとは思う。

しかし、到底そんなことは不可能なことも、わかっていた。

私が奴隷である限り、エルガの店に留まっていることなど、できないのだ。


「……どうせつかまるなら、抵抗するだけしてつかまったほうが、せめて気分はいいでしょ」

「……そういうもんなのか?」

「私はね」



< 81 / 710 >

この作品をシェア

pagetop