烏牛(うぎゅう)
朝はまだ暗いうち一番冷え込む時間に目が覚める。
鶏が一斉に時の声を告げるからだ。

牛も小鳥もそれにつれてあちこちで鳴きだす。
烏牛は大きく背伸びをして床から起き上がると

湯を一杯飲む。それから昨日の残り物をかじり
ながら壁のマサカリをゆっくりと四本品定めをする。

じっくりと吟味して四本を手にする。
やおら研ぎ場に座って一時マサカリを研ぐ。

夜が明けて薄ら寒い朝もやの中烏牛は
四本のマサカリを抱えて屠殺場へと向かう。

それは少し離れた丹鈍の小屋の前を通り
牛舎の裏を回って少し坂下の窪地にある。

屠殺場は薄暗く東西南北の4方向から黒牛が
引きつながれ、壁にはさまれて入り口戸から

引き入れられ、鼻輪縄を出口脇の柱に括り付けられ、
まだ目が覚めやらぬ夢見心地の黒牛、

入り口戸がバタンと閉じられると同時に
出口戸がパッと開いて、仁王立ちの烏牛、

マサカリを頭上に上げたと見るや一瞬にして、
黒牛の眉間を打ち砕く。


返り血を浴びる間もなく、はね戻したマサカリで
身を反転する。その瞬間床板が前にガクンと落下して

黒牛の巨体が前脚から崩れかけながら前方下方へと
落ちていく。すさまじい一瞬だ。黒牛は一声も

発声出来ない。完璧な瞬間屠殺の技である。
今まで何十人もの屠殺人がここで命を落とした。

さもなければ半年もたたずに逃げ出した。
気が狂った者もいる。足を踏み外すと奈落へ
まっさかさまだ。

マサカリを仕損じると黒牛は狂ったように暴れる。
屠殺人の仕事は命がけ、しかも一発で完璧に

しとめられる名手はそういない。烏牛はこの五年間
一度も失敗をしたことのない名手中の名手であった。
< 2 / 7 >

この作品をシェア

pagetop