ビター・スイート・ラヴ
「いらっしゃいませ」



 カウンターの奥からバーテンダーの声がした。開店の準備に追われている
らしい。



 由香はグラスビールとチーズの盛り合わせを注文し、店内に流れている
ジャズに耳を傾けた。仕事を辞める前までは浩輔とよく飲みにきたっけ‥。



 浩輔とは社内恋愛で結ばれた。資材部と輸出部が同じフロアにあり、はじ
めは廊下で挨拶を交わす程度の仲だった。それが社内のサイクリング同好会
でたまたま顔を合わせるうちに親しくなっていった。



 同好会とは別に、二人で外苑通りを走ったり、車に自転車を積んでサイク
リングコースを走ったりもした。



 ここ最近は二人の共通の趣味であるサイクリングもめっきりご無沙汰だ。



 由香は結婚後、仕事を辞めた事を少し後悔している。



 時計を見ると午後七時半を過ぎたところだ。



 先程から由香の右隣でグラスワインをゆっくり飲みながら、熱心に
パソコンのキーボードを叩いている女性がいる。
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