シャクジの森で〜青龍の涙〜

「ぁ・・アラン様―――」



見上げると、優しい色のブルーの瞳がある。

そこには、エミリーの姿だけが映っている。

けれど―――――

さっき想像したことが再び浮かび上がってしまって、少しだけ切ない気持ちになった。

打ち消したはずなのに。

こんなことを考えてしまうのは、やっぱり旅先だからなのだろうか。



「・・・何があった」



そのほんの少しの変化を感じ取り、アランの瞳が険しいものになる。

その場に跪いて、シャルルの背にあった手をそっと握った。



「エミリー、私に、何でも申せ」



向けられるのはとても真摯な瞳。

自分の小さな心に芽生えた嫉妬心なんて、恥ずかしくてとても話せない。



「いいえ、何もありません。夜景がとてもすてきで―――・・・感動していたの」

「・・・そうだな。確かに、美しい」




アランの瞳には夜景を眺めるエミリーの姿が映る。

柔らかなブロンドの髪は月明かりを受けて艶やかに光り、耳のあたりに零れるおくれ毛は、顎から首筋、肩に掛ける線を一層華奢に見せている。

その薔薇色に染まった頬に、あのふっくらとした唇に、触れたくて堪らなくなる。

自分のものだと、綺麗な肌に自らの印を刻みたくなる。


アランはそっと顎に指を掛け、自らの方へ向けた。

灯りを受けてキラキラと光るアメジストの瞳が、自らを見つめる。



「エミリー、愛しておる」

「あ・・ん・・・」



何かを言いかけた唇をそっと塞ぐ。

柔らかな感触を味わいながら、アランは1年前の自分を思い出していた。

あの頃は、王子として国を守ること、子孫を残すこと、ただそれだけを考えていた。

それさえ出来れば、そこに、愛などいらないと思っていた。

それが、今は―――


―――この私が、簡単に愛の言葉を口にするとは―――


くったりとして息が荒くなってきたエミリーの唇を開放し、夜景に目を向けると、そこには確かに美しかった。



「これほど、とはな―――」



兵たちから噂には聞いていた。

いつか、彼女を連れて来たいと話す者もいた。

が、実は、今まで一度たりとも、この引き戸など開けたことがない。

ここにこんな空間があったとは知らなかったし、勿論夜景など眺めたことがない。

打ち合わせをし、兵たちと共に国境越えした体を休める。

アランの中では、ただそれだけの為にこの宿は存在していたのだ。


ここがこうならば―――



「エミリー、共に、湯浴みに参るか?」

「はい?・・・ゆあみ、ですか?」

「―――そうだ。参るぞ」
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