シャクジの森で〜青龍の涙〜
光る瞳はアランではなく窓の方に向けられ、ピンと立った耳は忙しなくピクピク動いている。

人には感じられない、微かな異音を聞きとっているのか。



「・・・何がある」



身を乗り出し小声で問うアランに対し、シャルルは応えることなく窓の外を凝視したまま動かない。

アランはベッドから完全に体を起こして滑るように下り、壁に立て掛けておいた剣を握った。

そのまま瞳を閉じ、意識を外に集中させる。


離れは窓の外にテラスなどの出っ張りがなく、賊等が侵入するには難しいのっぺりとした造り。

だが、確実に、何かがここに近付ていると感じた。

得体の知れないものが、来る――――



「シャルルは、そこに居れ」



素早く窓に近寄り、カーテンを開けたアランの視界が、真っ白になった。

モヤが、外一面を覆っているのだ。



――――霧、か?

いや、それにしては――――


あることに気付き飛び退くように窓から距離を置き、尚且つベッドを阻むような位置に立つ。



「正体は分からぬ。が、何者であっても、決して、近付かせぬ!」



この命に代えても!


殺気を全身に纏い、窓の外で蠢くそれの行方を、アランは用心深く見据える。

いつの間にか、窓が揺れる音が止んでいるのに気付く。

風が、止まったのか。

と。

白いものが、窓を通り抜けて部屋の中に、ゆっくりと侵入してきた。

途端、全身の毛が逆立つような怖ろしさを感じ、アランの額から汗が一筋流れ落ちる。

霧よりも密度濃く見えるそれは夏雲のように一つの塊となっており、細く伸びた部分が上下左右に動く様は、意思を持っているかのように思える。

そう、まるで、何かを探すように。



―――ヒュン、ヒュン――――


切っ先にまで殺気を這わせた剣が、目にもとまらぬ速さで何度も閃く――――――も、何も手応えなく――――


腕のように細く伸びたそれは、霧散することも形を変えることもない。

何事もなかったかのようにゆっくりと侵入し続けるそれは、アランの足に纏わりついて動きを止め、逞しい腕を包み、やがて全身を覆っていった。



「くっ・・・、エミリー」



急ぎベッドに戻り腕の中に入れようにも、体が全く動かない。

モヤはどんどん窓から入り続け、部屋の中を侵食していく。



「離せ!!」
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