シャクジの森で〜青龍の涙〜
ずるずると後退していくそれを追いかけ、自身最強の必殺技を何度も繰り出している。

爪が当たる度に塊がびくっとして大きく後退するので、次第に楽しくなってしまったよう。

怖ろしさも本来の目的も忘れてしまい、嬉々と追いかけ始めた。

もの影に隠れて様子を見守り、ババーと飛び付いて爪を立てる。

部屋から消えるまでそれをし続け、窓の桟に上って空の向こうに消えゆくのをシャルルは見守った。


しんと静まった部屋の窓が、再び風に揺られ始め、部屋の中に音が戻る。

そこでアランはようやく腕の力を弱め、エミリーの身体をそっとベッドの上に戻した。

もう光は出していない。



「アラン様、何があったのですか?」

「・・・賊の気配を感じたゆえ、警戒しておった」

「え・・、また、賊が、来たのですか?」



モヤを追い払ったのは、無意識か。

それともシェラザードの助けか。


袖を掴み、不安げに揺れる瞳を掌でそっと閉じさせ、額に口づけを落とす。

真実を言い警戒を促したいところだが、自身も分からない物など到底上手く伝えられない。

警戒させたとしても、どこにでも侵入出来るあれは防ぎようがない。

緩慢な動きだから逃げることは出来るが―――



「いや、気配を感じただけだ。すまぬ、不安にさせたな?だが、もう大丈夫だ。眠ると良い。私も、眠るゆえ」



昂った気を収め、アランはベッドに横になった。

何事も無く切り抜けられたことに心底安堵しながら、大切な身体を腕の中に入れる。

すると、エミリーはモゾモゾと身体を寄せてきた。

心の中は不安で一杯なのだろうと思える。

きゅっと抱き寄せ、さらに、安心感を与えるよう柔らかな金髪を優しく撫でれば、次第に身体の力が抜けていき寝息をたて始めた。


暫く眠る様子を眺めた後、アランはベッドから抜け出て窓に近寄った。

桟の上には、腕を丸めて落ち着いたシャルルがいる。

外を眺めて耳をぴくぴく動かすところは、実に良い見張りぶりだ。



「シャルルは、このために、こちらの世界に来たのか?」



背に触れて問えば、しっぽがふりふりと揺れた。

まさか、とは思うが、実際にエミリーを守ろうとし、いち早く異変に気付いていたのもシャルルだった。

動物の勘というものは、人より鋭い。

旅に連れて来たのは、色んな意味で正解だったようだ。




「また、頼むぞ。もしも私が起きていなければ、この手を、噛め」



シャルルに指先を見せ、アランは再びベッドに戻り灯りを消した。


あれは何だったのか。

何故、エミリーを狙ってきたのか。

再び、来るのだろうか。

次回も追い払えるとは限らない。

そのときは、どう闘えばいいのか。



答えを見つけられないまま、アランは、眠れぬ夜を過ごした。
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