シャクジの森で〜青龍の涙〜
エミリーは、メイドたちに声をかけていいものやら、自分が知らないところでビアンカがそんなことをしてるのに驚くやらで、カップを持ったまま立ちすくんでいた。


そして思う。

メイドたちの口調から判断すればアランは拒否していない様子。

そのうちに、靡いてしまうのではないか、と。


ビアンカはとても美しくて、マリア姫のようにスタイルも良いお方だ。

何度も迫られれば、アランだって男なのだ、悪い気はしない。

カップに描かれた赤い花が、ビアンカの唇の色と重なる。



「ずっと妃の座を狙ってらっしゃったそうですもの。今度は側室の座を狙ってるのではありませんの?」



――側室――

このままずっとエミリーに子供が授からなければ、実際問題、国で上がってくる話だ。

アランは“迎えない”と公言してしてるけれど、この先世継ぎ問題が深刻になれば、そのときは王子妃として覚悟しなければならない。

でもそれは、まだまだ数年先のこと。

今は――――



「赤ちゃん・・・」



エミリーはぼそりと呟き、自身のお腹を摩ってみる。

毎晩のように身体を重ねているのに、全然膨らみのないお腹。

やっぱり出来にくいのかもしれないと思う。

こればかりは、自然の授かりもの。

新婚一年目の今は、まだ、それほど焦っていないけれど――――



「でもあの方はこの国の女王になるのでしょう。お世継ぎ同士の婚姻はあり得ませんわ」



シルリーが尤もなことを言うと、ミランダが、それが違うのですわ・・・と、ため息混じりに否定した。



「この国は小さくて、王族は今やあの方のみ。婚姻を結んでギディオンの傘下に下るおつもりだと、この国のメイドたちの噂ですわ。それを、メイドたちも嬉々として話してくれるのですわ。後見国のうちギディオンが一番近いですし、統治するのはアラン様なら簡単なことでしょう?あの方はこの国を出たがってるそうですし。それに、今回は、そんな話もされたとか」



最後の方は内緒に近い声で、こそこそと話されている。

そこに、シルリーの大きな声が重なった。



「まあ!ギディオンにいらっしゃるんですの?私、何だか嫌ですわ」

「私もですわ」



二つの不満げな声がし、カチャカチャと食器を弄る音がする。



「あなたたち心配なさらないで、そんな噂があるだけですわ。でも本当であったとしても、きっと、アラン様がきっぱりお断りになってくださいます。エミリー様に敵うお方なんて、そうそうおりませんもの!」



ミランダが自信たっぷりにきっぱりと言い切ると、あとの二人が声を揃えた。



「勿論!当然ですわ!!」
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