シャクジの森で〜青龍の涙〜
そうですわよ、と口々に言い、三人でひとしきり納得し合う。



「あら?でも、私が伺ったところによりますと、あのお方には、仲のよろしい殿方がいるようですわよ?何でも、最近、黒髪のとても素敵な方が頻繁にお部屋に出入りしてるとか。王族ではないようですけど、大層立派なお方らしいですのよ」

「まあ!そうですの?それなら――――」



終わったかと思えば、また始まる。メイドたちの噂話はまだまだ続きそうだ。

この豊富な情報量は、スパイが出来るのではないかとさえ思えてしまう。

といっても、彼女たちの興味の対象は、こんな風に色恋沙汰に限られるわけだけれど。


エミリーは、困っていた。

そのままそこにいる訳にもいかず、かと言ってすぐ声を掛ければ話を聞いていたことが知れて、気まずい空気がひろがってしまう。

不可抗力とはいえ、黙って聞いていた自分が悪いのだ。



「えっと・・・えっと・・・」



ぶつぶつ呟きながら考えた末に、こっそりと扉近くまで一旦戻り、一番印象に残った名前を呼び掛けることにした。



「メイドのミランダさんは、いますか?」



ピンと響く甘い声。

メイドたちの声が、ぴたりと止まった。



「ミランダさん?」



もう一度呼びかけると、一瞬後に、奥の方から「はい!」と言う返事と共にパタパタと駆け寄る音がし、焦り顔のメイドが姿を見せた。

黒髪に大きな瞳の可愛らしい娘で、メイと同い年に見える。



「エミリー様!すぐに気付かず大変申し訳ございません!」



お待たせしたと恐縮した様子で深深と頭を下げるミランダに、エミリーは優しく声をかけた。



「良いのです。わたしこそ、忙しいお仕事の手を止めてしまいました。いつもご苦労様です。じつは、これを持って来たのです」



赤いカップを差し出せば、元々大きなメイドの瞳が零れ落ちそうなほどに見開かれる。



「まあ!こんなこと、お申し付け下されば、私共が取りに参りましたのに」



急いでカップを受け取るミランダの声を聞き付けて、後の二人も駆け寄ってきて深深と頭を下げる。



「エミリー様、申し訳御座いません」

「いいえ、ついでがあったので寄っただけです。頭を上げてください。皆さん、旅先でとても不自由な思いをしながらも、しっかりお仕事されているとメイから聞いています。アラン様に代わって感謝の意をお伝えします。まだ旅は続きますから、これからもよろしくお願いします」



ニコリと微笑んでそれぞれの瞳を見れば、順番にお返事が返ってくる。



「はい!エミリー様!」

「はい!頑張ります!」

「はい!なんなりとお申し付けください!」



キラキラした瞳でエミリーを見送るメイドたちと別れてキッチンから出ると、シリウスがホッとした様な顔をして定位置に着いた。



「おそくなりました・・お部屋に、もどります」
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