シャクジの森で〜青龍の涙〜
青龍の涙
エミリーは、窓辺に近い椅子に座っていた。

ここは、外が眺められて部屋の扉も見える丁度良い場所だ。

手前にある立派な肘掛け椅子には、シャルルがまるまって眠っている。



「・・・アラン様ったら、おそいわ」



つい、独りごちる。これでもう何度目だろうか。


“きっと、もうすぐお帰りになられますわ。そう、このお茶を飲み干す頃には”


ウィンク付きの笑顔で運ばれてきたお茶もとっくに空になり、カップもすっかり冷えていた。

ずっと眺めていた外の景色も、青空は薄い橙色に変わりゆき、街並みには山の影が長く伸びている。



「ねぇ、シャルル?アラン様は、早く終わると言っていたのよ?」



囁くように話しかければ、シャルルの耳だけがピクンと動く。

多分、聞きあきたのだろう。


エミリーは、自身が着てるえんじ色のドレスを見た。



『いいですか、エミリー様。滝というものは山の中にあるんです。寒いですし、きっと、水飛沫がたくさん飛んでて濡れてしまいますわ。風邪をひかないよう万全にしていかなくては!このドレスが、ピッタリだと思います。ほら、いかがです?』

『エミリー様、とってもお似合いで可愛いです!きっと、アラン様も気に入って下さいます!』



午後一番に来たメイとナミは、にこにこ笑顔でこのビロードのような素材のドレスを出してきた。

厚くて温かくて、木枝に引っ掻けても破れそうにない丈夫な布。

きっと馬で出掛ける筈ですと、それなりの身支度も整えてくれた。

マントも用意してあって、アランが帰ればすぐに出掛けられるようになっている。

なのに――――



『まだ、帰城されたご連絡は御座いません』



肝心のアランが、ちっとも帰ってこない。



「視察の途中で、何か問題があったのかしら。もしかしたら、何か変化があったのかも。だから、皆で話し合いをしていて、それで―――・・・」



一人であれこれと思いを巡らせるも、漠然としていてどれも納得出来ず、そわそわと、ただ待つだけの長い時間が過ぎていた。

日はどんどん傾いていき、部屋の中が徐々に臼闇に染まっていく。



「もう、お出かけは、明日だわ」



星空の下のお散歩。

それもまた素敵だけれど、それは、明日でもできること。

それよりも――――



「くつろいで、疲れを取ってもらわないといけないわ」
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