シャクジの森で〜青龍の涙〜
朝日が差し込むアランの塔。

朝食を終えたエミリーは、“シャルル皿”を持ってキッチンに向かっていた。

塔の最下階の奥にあるキッチンまでは結構遠くて、たどり着くまでにたくさんの警備兵や使用人たちと行きあう。



「おはようございます。エミリー様」

「おはよう、今日はあたたかくなりそうね」


「おはようございます。エミリー様、ペット様はお元気ですか」

「えぇ、元気よ。ありがとう」



王子妃となっても変わらずに気さくなエミリーには、アランが隣にいないとあちこちから声がかかる。

流石に王子妃となってからは、立ち話を仕掛けてくる人はいなくなったけれど、それでも一人一人丁寧に言葉を交わしていると、ただでさえ遠い道のりが余計に長く感じてしまう。

けれど、塔で働く方々にはいつもお世話になっているのだから、いい加減な対応は出来ない。

アランのしないような事をするのも、この塔の副主としての王子妃の役目であるとも思う。

やっぱり、一人一人目を合わせての会話を心がけなくてはいけないと、思うのだ。



「エミリー様、急ぎませんと・・・」



あまりにゆっくりしていると、シリウスから注意の声が掛けられる。

シャルルがお部屋に住むようになってから、こんな感じでキッチン通いをするようになった。



“エミリー様。その様な事、使用人か、メイドにさせればよろしいのではないですか”


ウォルターやシリウスからそう進言されたこともある。

だけど、エミリーの我儘でシャルルを塔に置いてもらっているのだから、これくらいはしなければならないと思うし、何と言っても可愛いシャルルのことなのだ、自分で世話をしたい。

メイたちがシャルルを怖がるのも、要因の一つではあるけれど。




「おはようございます。料理長さんは、いますか?」


キッチンの入口で声を掛けると、奥の方から大きなお腹をゆさゆさと揺らしながら料理長が駆けてくる。



「エミリー様。毎回言ってるじゃないですか。私がお部屋までお持ちしますよぉって・・・」



はぁはぁと息を切らしながらそう言って、料理長はエミリーの持つシャルル皿を受け取った。

キッチンの中は誰もおらず、今は皆遅い朝食をとってる最中だ。


エミリーが取りに来ないと、シャルルのご飯が遅くなることも、もう一つの要因になっている。



「いいの。だって、料理長さんも忙しいでしょう?これくらいは、わたしがしたいの」


「まったくもう、エミリー様にはしょうがないなぁ。アラン様にもきっちり言われているんですけど―――あぁ、まぁいっか。あの方は、エミリー様には弱いから。エミリー様は、アラン様に叱られたことなんて、ないでしょう?」
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