シャクジの森で〜青龍の涙〜
舞っているのはオスの方で、メスは舞いが気に入れば求愛を受けるとアランは説明した。

間もなく舞いをやめたオスにメスが近付き、そっと長い嘴を合わせた。

どうやら愛が実ったようで、何度も嘴を合わせた後、互いの頭を合わせてじっとしている。



「アラン様・・・」



見ているだけでとても幸せな気持ちになり、自然に名を呼びながら胸に頬を寄せる耳に、少し早目な鼓動が伝わってくる。

顎にそっと手を添えられ、誘導されるままに上を向けば、柔らかな唇が塞がれた。



「・・・良かったな・・・そろそろ、先に進んでも良いか?」

「・・はい」



でこぼこの道に馬が上下するたび、身体を支える腕が強まる。



「この先はもっと揺れる。舌を噛む。君はしっかりと口を閉じておれ」



素直に返事をしたものの、珍しいものを目にすると興奮してつい話しかけてしまうのは、女性の性だ。

それは、アランを信頼しきっているせいでもあるのだけど。


「あ!」と開いた瞬間に大きな揺れが来て、素早く動いた長い指がぐっと入り込み舌の上に乗せられて、エミリーは、はからずも強く噛んでしまった。

エミリーは慌てて謝って、すぐにそれは許されたのだけど、そのあとに、それはそれは怖いお顔で叱られたのだ。



「危ない、と申しておる。聞かぬなら、目的地に着くまで、目を閉じさせるぞ」



と。

それはとても残念なことで―――

それからは何を見ても口を閉ざし、指を指したり、手を叩いたりして、仕草で気持ちを表現することにした。

そうしているうちに、さくさくと馬の脚が地を踏む音の他に、水の音が聞こえ始めた。

同時に、道が平坦なものに変わったようで、馬が上下しなくなる。



「エミリー、間もなく着く」



馬の足音がぴちゃぴちゃと水を含んだものになり、それが再び草のそれに変わったとき、目の前に広い草原が広がっていた。

ここには残雪もなく、そよそよと吹く風に草の葉がゆらゆらと揺れる。

それは見覚えのある所で――――



「アラン様、ここは・・・」

「シャクジの花の草原、だな」



言いながら一人で下りたアランの腕に抱かれ、エミリーの身体はゆっくりと馬から下ろされた。

エミリーには忘れられない場所。

何もかもがここから始まっている、大切な草原。



「あちらに、参るぞ」

「あ、アラン様?手をつないでも、いいですか?」



いつも通りに腰を包み込もうとしたのを止め、エミリーは大きな掌に自分のてのひらを滑り込ませ、重ねてみた。

すると、それがぎゅっと握られて、優しく引かれた。

手をつないで歩くのは市場通りでのデート以来で、嬉しさに心が弾む。



「・・・たまには、これも良いな」
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