シャクジの森で〜青龍の涙〜
「春の精・・・それも、きれい」



アランは自らの髪で遊ぶ妻の手をとり、そっと口づけるとそのまま握った。



「この現象は、繁殖方法の一つと見られているが、まだ研究段階だ」



一年に一度花を開いて、寒くなれば閉じる。

枯れることがないなど、不思議でとても強い花だ。

けれど、ここにしか咲いていないのだから、合う環境がここにしかないとも言える。


アランはそう言って空を見上げた。

その瞳に、ある現象が映る。




「・・・月読みによれば、明日だと申しておったが。―――――今宵、月が重なり合っている。月読みの見当違いか・・・いや、これはやはり、君のおかげだな―――」



エミリーも見上げると、花粉色に霞む月が一つになっていた。

きっと月の二人も、アランとエミリーのように互いに寄り添い微笑みを交わしているのだろう。

ロマンティックな夜。

柔らかな優しい時が、空と地上で重なり合う。


二つ月を祝うように、シャクジの花は開花を続けていて、エミリーはアランの肩に頬を埋めて幸せを噛みしめていた。

甘い風と幻想的な薄紅色の明り。「寒くないか?」と、腕の辺りを摩っているアランのあたたかな手がとても心地よく、いつしか、エミリーは深い眠りへと誘われていった―――




自らの肩から滑り落ちていく身体を、やんわりと受け止めて頭を膝の上に誘い、薄紅色に艶めく髪をそっと撫でながら、アランは小さな息を吐いた。



「全く、君は・・・仕方あるまい・・・」



眠ってしまうだろうと分かってはいても、デートなのだ、もう少し、甘い時間を過ごしたかったと思う。

けれど、こんな屋外で眠れるとは、自分はエミリーにとって心から安心出来る存在なのだと考えると、ふと口元が緩む。

膝の重みも、何とも嬉しく感じる。

金の綿毛の景色の時は、眠ったのは揺れる馬上だった。

あの時も、この重みが心地よいと感じたのだった。

妻となった今は、自分だけが、感じることのできるもの―――



「良いか、十分に景色は堪能しただろう。今しばらくこのままでいても良いが、それでは風邪をひくな・・・」



幸せそうに眠る顔を見て、満足げに笑み、アランは上着で身体を包んで抱き上げた。

馬の背に乗せて支えながら自らも乗り、シャクジの草原を後にする。




柔らかな風が草を揺らす草原を、重なり合った月が煌々と照らす。

その向こうには、薄紅色に染まる花の群生地が広がる。

静かで、甘くて、穏やかに思える夜。

その、木の根元にある例の箱から、微かな光が、漏れ出ていた――――
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