シャクジの森で〜青龍の涙〜
さっきまでの寂しげな笑みとは違い、心底楽しそうで、モルトはホッと胸をなでおろした。

エミリーに、沈んだ表情は似合わないのだ。



「ありがとうございます。初めての外国ですもの、不安もあるけれど、とても楽しみにしているの。けれど、シャルルを置いていかないとダメだと思うの。それがとても心配で・・・」




そうなのだ。

お世話とか、お散歩とか、一体誰に頼んでおけばいいのか。

エミリーはここのところ、ずっとそのことに頭を悩ませているのだった。

猫が好きだと言ってくれた桃色ベージュの女の子が一番いいのだけれど、何せ病気療養で来てるのだし、おまけに内緒な存在なのだ、とても頼むことはできない。

エミリーにとっては可愛い猫だけれど、この国の人にとっては、そうではないのだし。

おっかなびっくりで、そろそろとお世話をすると、シャルルは危険を感じて爪を出してしまうかもしれないのだ。

常に、爪は丸くしてあるけれど・・・。



視線を移せば、シャルルは蝶と遊ぶことに飽きたようで、今は、柔らかな草の上に寝そべって欠伸をしている。

可愛いシャルル、出来れば、異国でひとりぼっちになんてさせたくない。

けれど、一緒に連れていくことは無理なように思う。


以前に、怪我をした小鳥の世話をしてくれた、医官の助手リードの顔が、エミリーの脳裏に浮かび上がる。

この国での数少ないお友達で、なんだかんだ言いつつも、一所懸命世話をしてくれた優しい人。

彼なら大丈夫かもしれないと思い、頼んでみようとしたけれど、何せ会える機会がない。

アランを通せばいいのだけれど、細かい世話を伴うのだ、自分で頼みたいと思う。



「えっと・・どうしたら、いいのかしら―――」

「でしたら、エミリー様。アラン様に、相談してみたらいかがですか?」

「アラン様に―――?」

「―――はい。きっと、良い方法を考えてくださいますよ。いえ、アラン様のことですから、もしかしたら、すでに考えておられるかもしれません」



どちらにしろ、アラン様にご相談なさるといいですな。

そう言って、手を振って離れていくモルトの背中を見ながら、エミリーは考えた。



「アラン様は、どうするか、決めてあるの?」



夕食の時に、必ず詳しく聞こうと決め、エミリーはシャルルを連れて薔薇園を後にした。




その決意は、その後アランがとった行動により、結局、無駄になったのだけれど・・・。


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