シャクジの森で〜青龍の涙〜
オアシスの敷地を抜け出ると、馬車の速度がぐんと上がった。

窓の外は相変わらず荒野が続いていて、ちっとも変わる様子がない。

ちょっぴり変わったかしら?と思えるところは、遠くにあった山が少し大きく見えることくらい。

こんな景色ばかり続いていると、本当にこの先に目指す国があるのかしら、なんてエミリーは思ってしまう。


今から行くのは、ヴァンルークスという国。

ヘルマップ館長の祖国であり、旅人たちの間では“風の国”と呼ばれているところ。

『高山と風の谷を国土に有している水の豊かな美しい国』だと、エミリーは事前に習っている。

高山のそばの国は、水が美味しいイメージがある。

それに、豊かな清流や滝がたくさんあるとも聞いている。

エミリーは、それらを見るのをとても楽しみにしていた。



―――あと、どのくらいで着くのかしら。



流石に外を眺めるのは飽きてしまい、何かお話しようとアランを見上げると、何かを考えているようで腕を組んで瞳を閉じていた。

気のせいか、雰囲気がピリピリしているように感じる。

この先にあるという難所のことを考えているのだろうか。

それとも別のことかも。


声を掛けづらくて、聞こうと思っていたことを胸の中に仕舞い、エミリーは再び窓の外に目をやった。

すると、一頭の騎馬が後方から前に駆け抜けていった。


何だかとても急いでいたけれど、何かあったのだろうか。


と、思ったら。

馬車の速度がゆるみ始め、やがてぴたりと止まった。


腕を組んだままの姿勢で、前を睨みながらアランは馭者に訊ねる。



「何があった」

『王子様、申し訳御座いません。後続馬車で、具合の悪くなった者が出たようです。暫くお待ち下さい』



揺れが続いたために、乗りもの慣れしていない者たちの中から一人、車酔いが出たとのことだった。

医官は、他にもいないか診てまわっているのだそう。

この時エミリーの頭に、ある思いが、むっくりと生まれ出た。


しばらく停まっているのなら―――



「私は現状の確認をする。エミリー、君はここで待っておれ。すぐ戻るゆえ」



良いな?と優しく頬に触れるアランの表情は、いつもと変わらなく見える。



「アラン様。わたしも、外に出ていいですか?」



そう言えば、アランの表情が、す・・と堅くなった。



「もしや、君も気分が悪いのか?すぐに医官を呼ぶ」

「あ、まって」



素早く立ち上がりかけたアランの袖を急いで掴み、エミリーはにっこりと笑んで見せた。



「ちがうんです。具合は悪くないの」
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