シャクジの森で〜青龍の涙〜
長い時間馬車に乗っているから、ちょっと手足を伸ばして外の空気を吸いたくなった。

それに、窓からじゃない景色を見てみたくなった。

あと、シャルルの様子を見て来たい。

酔った人が出たと聞いて、揺れる車内で平気で過ごしているだろうかと、心配になったのだった。

旅慣れてないのは、人間だけではない。


諸々のしたいことを話して、いいでしょう?ってお願いするエミリー。

けれど、アランの表情は、ずっと堅いままだ。

それでも一生懸命お願いすると――――



「全く、君は・・・良いか。決して、離れるでないぞ」



と。たくさんの注意事項が言い渡されたけれど、どうにか、折れてくれた。



「必ず、私の手の届く位置に居れ」

「はい。わかりました」



アランの指示でマントを着てフードを被り、エミリーは馬車をおりた。

途端に、感嘆の息が漏れる。



「・・・すごいわ。こんなところを走っていたのね」



360度、どこまでも広がる平原。

道と平原との差がほとんどなくて、踏み固められた感じから、やっとこ「もしかして、道?」って思えるくらいのものでしかない。

これだと、夜ならば確実に道から外れて迷ってしまいそうだと思える。

先頭を行く二人の兵士に尊敬の念も覚えてしまう。


エミリーは、腕を伸ばして、胸一杯に空気を吸い込んでみた。

見上げれば、視界一杯に広がる空がある。

戻せば、これまた何もない荒野のただ中。

こんなところにいると、人なんてちっぽけなものだと実感する。

本当に、自然は雄大で、しかもおそろしいものだ。


後方には地平線が見え、進む先には高い山が大きくそびえている。

それを背後から出された武骨な指が、スッと指し示した。



「あれが、ヴァンルークス・・・風の国だな。あちらの山のふもと辺りにある。この分ならば、あと2時間程度だな。順調にいけば、夕暮れまでには入国できるだろう」

「あそこが、風の国、ヴァンルークス―――」



雲の上までもある山。

薄い雲がかかった頂付近は尖っていて、雪を被っているのか白くみえる。

連なる山々は空の青を映していてとても美しく、まるで故郷の世界にあるアルプスのような感じだ。

アランが示したふもと辺りには、色の濃い緑の塊がある。

今いる場所とは明らかに違っていて、木々が豊かにあるように見えた。

ちっとも進んでいないと思っていたけれど、ヴァンルークスには確実に近付いていたのだ。

目指すところがはっきりと確認でき、あの国に行けることがますます楽しみになった。

エミリーはアランを見上げて合図した後、ゆっくり歩き始めた。
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