新撰組のヒミツ 弐
「それは怖い女だな」


「馬鹿、お方と言えお方と!」


耳元で叫んだ立花は、そう言って目の前の屋敷らしき建物に入る。普通の屋敷のように見えるのだが、部屋や広間は無く、暗い空間を複雑に区切ったようなものだった。


「何か顔を隠せるものはあるか」


「何か――覆面でいいならあるけど」


「よし、直ぐにつけろ」


声に真剣なものを感じた光は、立花に言われるままに布を顔に付ける。それを確認した彼は、その戸をおもむろに開けば、そこには人がいた。数にして十数人だろうか。


彼らは料理を食す、酒を呑む、眠る、書を読む、話をする、武器の手入れをする――思い思いに自分たちの時間を過ごしている人々がこちらを一斉に向く。


新参者である光を値踏みするように鋭く見遣る彼等は、不躾なまでに観察し、やがて興味を失ったように視線を外した。


「……何だよ、あの人たち」
気分を害した光は仏頂面で呟く。


「同業者だ。顔を見られないに越したことはないからな。大抵、足を洗うときや情報が漏れることで苦労する」


「そう言えばそうだな。顔を隠してる人もいたけど、隠してない人もいた」


「ああ、奴らは本業だからな。顔を隠す奴は別の顔があるか、単に知られたくないのか」


そう言った立花は、自分の笠に手をやった。少しだけ上に笠を引き上げ、光に笑みを浮かべた口元を見せた。無精ひげの生えた口周辺には、凶暴そうな色が窺える。


やはり、普通の男では無いと感じた。ふと立花の普段の生活が気になった光は、少々躊躇いつつも、話の流れで何気なく聞いてみることにした。


「……そういうあんたは?」


「普段は善良なる一庶民だ」


「……へえ。あんた、怖いね」


光は無感動に言ってみせると、立花は軽く鼻で笑い、頑丈で装飾過多である扉を開いた。入り口で跪いた立花に倣い、光もおずおずと膝を付く。


「立花、その方ですか」


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