新撰組のヒミツ 弐
「はっ」


ぞっとするほど艶やかな声が光の耳の中に入り込み、脳をどろどろに溶かしてしまいそうな錯覚に陥った。魅惑的な声に、同性の光も顔を上げたくなる衝動がこみ上げてくる。


「立花の推す方です。興味があるわ」


さらりと衣擦れの音がし、一歩ずつ声の主が近付いてくるのが分かった。足先に、白い絹らしき生地が揺らめくのが見えたが、光は微動だにしない。


「お名前は何と仰るの?」


「下川です」


再び衣擦れの音が響き、甘い匂いが光の鼻孔を擽る。頭の後ろを触られたかと思いきや、覆面がひらひらと床に落ちた。


「お顔を見せて?」


「……」


逡巡するが、光はゆっくりと顔を上げた。目の前に、白く艶のある着物のような服を纏った女が光の目を覗き込むように見ている。


――美しい女だ。


紅を引かれた唇に、すっきりと中央に鼻筋が通り、ふっくらと柔らかそうで染み一つない頬が完璧な曲線を描いている。大きな目には、綺麗な茶色の虹彩があった。


男であったなら、たちまち心を奪われたかもしれない。それほどまでに、女は人を惑わす魔性の美しさを持ち合わせていた。


その唇がゆっくりと笑みを形どる。


「あら、とても綺麗な方ね」


「……いいえ」


「わたし、嘘は言いません」


ふふ、と笑う女は光の耳元で囁く。


「男でも女でも綺麗な方は好きよ。わたしの名は雪。貴方には名前で呼ばれたいわ」


雪。白い着物に抜けるように白い肌。普通の名だったが、まさしく名前のごとき〝雪〟の代名詞のようにその名が似合う女だ。

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