新撰組のヒミツ 弐
懐かしむような口調で言う立花に、光は暗く鋭い目を向ける。それに気付いたらしい立花は、その陰気な目に驚いたのだろうか、少しだけ身じろぎをした。
「……この程度の情報なら、知っている奴はごまんといる。主も矢武鹿助の評判くらいご存知の筈だ」
「…………そう、なんだ」
肩を落とした光は、目を伏せて笑う。そして、握っていた覆面の布を着け、ふらふらと背中を向けて歩き出すと、背後から険しい声が掛けられた。
「おい、下川。気を抜くな」
「抜いてないし、いきなり何だよ」
吐き捨ててそのまま屋敷を抜けると、そのまま宛もなくぶらついていた。本当は、あの様な場所に行たくないのだが、目的の為には致し方ない。
――何故か無性に悲しい。
この時代で本当に独りになってしまった。
この歳になって迷子というのは些か変であるが、胸を締め付ける寂しさと不安は、まさしく迷子のようだった。
自分は何故この見知らぬ時代にいるのか。これまでは、あまり考えなかったその根本的な疑問が、光の脳裏を掠める。
醒めてほしくない夢と醒めてほしい夢。
どちらも同じ夢であることには変わりないはずなのに、光は一刻も早く目が覚めることを祈った。
きっと、直ぐにけたたましく目覚まし時計がなるのだ。声を漏らしながら音を止めて起きれば、夢のことなど忘れているようであってほしい。
(今日は宿を取るか……)
疲れた身体にため息を漏らし、近くにあった普通の宿に入った。
休みを取るにはまだ早いが、風呂に入って食事を取れば、昼間の緊張のせいかすぐに眠気が襲ってくる。
布団の準備もそこそこに、光は重い瞼をゆっくりと閉じて眠りについた。
次に目が覚めたときには、全ては可笑しな夢の話であるように、と心から願いを込めて。