新撰組のヒミツ 弐
息を詰めた女の手が緩んだ隙に、光は脇差しを手繰り寄せ、一瞬の間を置くことなく抜刀して斬り上げる。
すると、身体に掛かっていた重さがなくなったものの、刀の切っ先を軽い動きで悠々と躱されてしまった。
(……見えない……! どこに――)
乾燥した畳がピキ、と音を立てる。まるでその音が光の焦りを助長させているかのようにな不愉快な感覚に捕らわれた。
弾かれたように素早く背後へと刀を振り払うが、ただ空を切るのみ。もどかしさと苛立ちが視界を曇らせていることを自覚していた。
(くそっ……本当に誰なんだ!)
――落ち着け。
突如として脳内にそんな声が響く。懐かしい、今は亡き人の声。すると、今までの焦りは風に吹かれたかのごとく一掃され、光は再び冷静さを取り戻した。
余分に入っていた全身の力を抜き、呼吸を落ち着ける。体内での騒音が嘘のように静まり返り、今は波紋すらない凪いだ海のよう。
脇の下辺りに衝撃。拳――いや、足か。
蹴られたと感じた瞬間、光はよろめきながらもその足を掴み、上に引き上げて軸足を払うと、女の体を蹴倒した。
形勢逆転。今度は最初と逆の態勢を取ろうとするが――何が起こったのか分からないまま、光は再び床に突き倒されていた。
(……強い……!)
まさか、殺されてしまうのか。
背中に冷たいものを感じるが、女が刀を抜いたような気配はない。女は武器を持っていないのか、首に掛けられた手にぐっと力が掛かる。
息が出来ない。喉を強く押さえられる感覚に苦しむ光は、徐々に抵抗する力を失っていった。
――意識が飛んでしまいそうだ。
しかしながら、「なんて軟弱な男!」という怒りさえも含んでいるような高い声と共に、光の首の拘束が解かれ、身体の上に乗っていた女が退いた。
「下川、起きなさい! 貴方の軟弱さにはほとほと呆れました! お雪様のご命令がなければ、今頃追い出しているところです……!」